『注文の多い料理店』東京新聞コラム掲載

舞台で表現する風の音(東京新聞:『風の音を感じ自然と交わる』(サタデー発言)より)


 宮沢賢治の童話には風の音がたくさん出てきます。「風がどうと吹いてきて草はざわざわ、木の葉はかさかさ、木はごとんごとんと鳴りました」(注文の多い料理店)
 風が吹くと何か新しいエネルギーがその場に起こってきて、木や草や石ころや動物たちとの交信口が開いたように感じます。

 私は街中に住んでいますが、台風の夜などに電線がびゅうびゅう鳴り、何かが飛ばされてごっとんと転がり、空の奥で風が渦巻いてうなるのを聞くと、家の中にいても怖いです。そういう時、風の音は太古から続いている自然の声の様にも聞こえます。

 賢治は童話集の「序」で「十一月の山の風のなかに、ふるえながら立ったりしますと、もうどうしてもこんな気がしてしかたない」ということをお話に書いたと言っています。山の風の中でふるえているのは寒いだけではなくて、自然に感応する不思議な「ゾクゾク感」があったのではないでしょうか。
 お話の中の風の音を劇でどう表現するか、皆でいろいろ試行錯誤しました。せりふやからだの動き、演奏や歌。中でも新鮮に感じるのは素朴な民族楽器の音です。中をくりぬいた大きな木の実に、種を入れて振るもの、砂や細かい石粒を木の空洞の中ですべらせるものなど、植物や鉱物がこすれあって出す音は響きも素朴です。ちょうど風が木々の葉をゆらしたり、森をざわめかせたりするようです。

 電子楽器が出す効果音の風のように、バッチリと明確な音ではありませんが、物語の中で想像力をふくらませてくれます。自然の中にあるものとしては、人間の声もそうです。息は「風」で、息遣いを工夫して口から送りだすといろいろな風になります。
 こうやってつくったさまざまな風の響きを複合させると、そこにふわっと、自然との交信口が開かれるような気がします。芝居する人も、演奏者も、観る側も、想像力を自由に遊ばせられる世界です。

劇団 湘南山猫 栃内まゆみ


『注文の多い料理店』の楽器 上からレインスティック、ラットル、チャフチャス


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